東京地方裁判所 昭和42年(刑わ)484号 判決
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【判決理由】<証拠>を総合すると、公訴事実のうち、当時信号機が表示していた信号の状況および過失の点を除いた事実を認めることができる。そして、当該交差点は、被告人が進行してきた道路(以下甲道路という)と衝突の相手方田代が進行してきた五反田方面から横浜方面へ通じる道路(以下乙道路という)とが交差する場所であること、被告人の車両は、交差点入口で信号待ちをしたのち発進した田代の車両と衝突したものであることが明らかである。
ところで、<証拠>によると、本件衝突事故の発生当時、被告人の対面する信号機の信号は黄色、したがつて相手方田代の対面するそれは赤色を示していたことが認められる。<反証排斥>。さらに、右各証拠によると、田中は、車両を運転し、乙道路を田代の反対方向から進行してきて交差点入口で信号待ちをしており、外山は、車両を運転し、乙道路を田代と同一方向から進行してきて同人の後方で信号待ちをしていて、それぞれ本件事故を目撃したものであることが明らかである(事故発生のとき、まだ両名とも発進していない)から、事故発生後も甲道路の信号が黄色を示していた(すなわち、乙道路の信号は赤色を示していた)可能性は否定できない。
すると、被告人の青信号で交差点にはいつた旨の弁解も直ち排斥するわけにはいかないことになる。というわけは、以下のとおりである。すなわち、司法警察職員の各実況見分調書と捜査報告書によると、被告人の進路からみて、当該交差点の入口から衝突地点までの距離は一九・五五メートルであること、被告人の対面する信号が黄色を表示する時間は三秒であることが明らかであり、被告人の車両の時速は三〇キロメートル(秒速八・三メートル)というのであるから、事故発生の瞼間に被告人の対面する信号が黄色から赤色に変つた時点においては、被告人は当該交差点の手前五・三五メートルの地点にいたことになる。しかし前述のように、事故発生後も右の信号が黄色の表示を続けていた可能性がある以上、被告人が青色信号で交差点にはいつた疑いは十分に残るからである。
被告人が、青色信号で交差点にはいつたとするばあい、途中で黄色信号に変つたとしても、進行を続けることじたいに落度はないし、信号待ちをしている相手方田代の車両が自車の通過するまで停止していてくれるものと信ずるのはもつともであり、田代の発信地点から衝突地点までの距離は三メートルであるとする検察官の主張に、発信するとほとんど同時くらいに衝突した旨の田代の証言を総合すると、田代は、被告人の車両がかなり接近した時点において発進を開始したことがうかがわれるのであつて、被告人が、田代の車両に注意を払つていたとしても、衝突事故の発生を回避することは困難であつたであろうことが推察される。かようなばあいにまで、被告人に対し事故発生防止の注意義務を要求することは、がたきをしいるものといわなければならない。
相手方田代は、対面する信号が赤色を示しているとき発進しただけでなく、同人の証言によると、左側すなわち被告人の対面する信号にのみ気を奪われ、右側すなわち被告人の進行方向に対する安全をまつたく顧慮しないで発進を開始していることが明らかであり、しかも、現場の状況上、田代は、もし被告人の進路に対してわずかでも注意を払つたならば、事故の発生を容易に防止することができる事情にあつたことがうかがわれる。すると、本件事故の発生については、田代の過失が重要な原因となつているものといわなければならない。
以上の判断を左右するに足りる証拠はない。